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偶然の遭遇なのだろが、
自分たちの上司&想い人らが結構間近なところからこそりと覗いており、
そのまま各々のお務めへ渋々ながら戻っていった経過も知らぬまま。
こちらは夏日の休日を堪能中の年少さんたち二人、
最初の目的があっさり潰えたショックから何とか立ち直った敦くんに連れのお兄さんも安堵して、
次はどこへ行こうかと木陰のベンチから立ち上がる。
八月を待たずして結構な猛暑が既に来訪していた今年の夏ではあるが、
関東のそれも太平洋側は、連日猛暑日&熱帯夜だという西に比べればまだマシな方だし。
“付き合ってくれるの嬉しいし♪”
自分の休みと敦の休みが重なっていること、どうやって知るものか、
予定がないなら出掛けようと声を掛けてくれて
実はまだあまりヨコハマには詳しくない敦を案内してくれる漆黒の覇者さんで。
一度わざわざ訊いたところ、ちょこっと視線を逸らしつつ、
『…大通り中通りは無論のこと、
それへ付随する裏道や迂回路も知っておいた方がよかろうからな。』
双方ともに仕事中の身で鉢合わせるのはあまり好ましくない、
ちゃんと覚えておいて、貴様のほうから避けて道を譲るようになれ…なんて、
微妙に取って付けたような尊大な言いようをした彼で。
訊いたおりは素直にも“そうかそうだったのか”と感心したものの、
そのまま太宰さんへ話したら、くつくつと楽しそうに笑ってから、
『そうと言いつつ、裏道や抜け道なんて教わったことないんでしょう?』
『あ…。』
所謂 遊び場的な繁華街や観光地、
それらに間近いが立錐の余地もないほど混んではないよな穴場とか、
敦が好みそうな開放的な広場や並木など、選んで連れてってくれている兄弟子さんで。
“まあ、こういうところが敦くんたら好きそうだよねと話を振ってるのは私だけれど。”
それへ自分を差し置いて話題にしますかなどという悋気も見せず、
それどころかすぐさま連れてってやってるらしいのへ、
むしろこっちがもやんとしちゃいそうになるんですがなんて。
相変わらずあちこちに巻き付けている包帯の量が減らない、
武装探偵社の美人な策士様の複雑らしい胸のうちはともかく。
「そういやポートマフィアって表向きはイベント企画会社なんでしょう?」
「らしいが。」
港町ヨコハマのあちこちで年中催されている大小さまざまなイベントやお祭りに
ステージ系の演目ものを企画したり、飲食系や遊戯系の屋台を出したりしている、
フォレスト・プランニングコーポレイション
なんていう名称の大きな会社が、例の本拠ビルには看板を出しており。
くどいようだが、敦はつい最近まで、
その大きなランドマークビルとそのほとんどを占有する会社が
まさか中也や芥川の所属するマフィアの拠点だなんて知りもしなかった。
「だったらこの時期はあちこちで忙しいの?」
「…さてな。」
当然ながら完全に部署が違うし、
実際、そういった興行系の実務は提携している別組織が手掛けているらしく。
昔のように明かりも乏しく娯楽も少なきゃあ、
理由がない限り夜中に出歩く機会も滅多にないとはもはや言えぬ現今、
そちらの顔は完全に仮のものであり、
常設店といや、せいぜい繁華街の一等地に高級クラブが幾つかある程度で、
本拠ではそれを直接切り盛りする営業部が機能しているくらい。
ちょっと考えりゃあそんな名称なぞただのダミーだと判ろうに、何をわざわざ訊くのだと、
淡い色合いの斜光眼鏡越し、
おとうと弟子くんの楽し気なお顔を芥川が見つめ返せば、
「お仲間さんがいるお祭りには顔が差すから出向きにくいのかなと思って。」
ほら来週末にも連休だからって土日に連続で花火大会があるし、
ああいうところの屋台や夜店に知った人がいるともなると…と、
そんな言いようを仕掛るのへ、
「顔見知りがそんな立場にはおらぬ。」
「そっかぁ。」
多少は予測もあったか、間延びした言いようで声を返した虎の子くん。
連れを振り返ったまま後ろ向きになって歩む様子には
まだ何か言いたそうな気配もあり、
「なんだ?」
「うん…忙しくなければだけどさ。」
丁度お盆の直前だから、重鎮も骨休めだか羽伸ばしだかで公の場から引く頃合い。
なので高度なレベルでの護衛の仕事も飛び込まないだろうしと、
谷崎さんから仄めかされたのが、
案外と自分たちも お盆の前後はカレンダー通りにその身が空くらしいという話で。
なので、
「花火、一緒に観に行かない?」
「…。」
あ・そっか、太宰さんと行くのかな…なんて言ってから気がついたか、
指無しのグローブ付きの手をぶんぶんと振って見せ、
今のは無しなしと蒸し暑い空気ごと打ち消そうとする。
だが、そんな条件は彼とて同じなはずで、
「そちらこそ、中也さんが…」
訊き返しかかれば、微妙に視線を逸らした虎の子くん。
アカシアの梢が吹く風にヒラリンとひるがえったる様そのままに
白銀の髪を乗っけた頭へモザイクのような影を躍らせたその下で、
「うん…」
ちょっとばかり言葉を濁し、
何でもね、あの高いビルから花火見物する予定があるんだって。
何かしらのついででもあるかのように口にする。
それでピンと来たのがさすがは同じ組織の人間ならでは。
五大幹部などという仰々しい役付きの中原だが、
妙なところでアットホームな空気もあるマフィアなため、
その手の賑やかな催しにはファミリーの皆で集まろうよという空気がないではなく。
幼いころからの縁のある首領の森や先達の紅葉やに同席をと請われれば
断り切れない中也なのは明らかだろうという流れは芥川でも判ること。
ましてや、この…屈託のない朗らかさをいつも醸していつつ、
その実、本質的なところではまだまだ遠慮が先に立ちそうな気性をしている敦としては、
大好きな中也が大切にしたいものはそれこそ彼が気付くより先に優先してしまうよう、
判断や価値観のスィッチが切り替わるようになってもいるのだろうと忍ばれて。
しょうがないよねと苦笑する彼なのへ、
「…太宰さんとはまだ何も約してはない。」
それこそ探偵社の面々と過ごすものだと思うていたがと、
遮光眼鏡のうちにて目を細め、芥川が提案したのは、
「二日あるうちの一日でいいなら、共に涼んでやってもいいぞ。」
「ホント?」
やったぁと見るからに嬉しそうになる辺りは無邪気なもの。
どうせなら上手い具合に中也との予定が入って
“誘ったのにごめんね”なんて運びになりゃあいいのだがなんて。
そこまでも考えてやれるようになった黒獣の覇王様の心的成長に、
知らず一役も二役も買ってくれているところがお互い様だよねぇと、
探偵社の教育係さんにほのぼのしたお顔をさせるのは後日のお話だが。
「そうとなったら早く来ないかなぁvv」
ああまで大きい花火って、ボク去年初めて見たんだよね。
僕が居た院の近所では、
夏祭りくらいはあったろけれど、打ち上げ花火まではなかったもんだからと、
どれほどワクワクしたかを語り始める。
「そういえば、虎の異能であの轟音は脅威ではなかったのか?」
「うん。初めての一発目はびっくりしたけれど。」
ほんの間近で炸裂した燃料輸送車の引火爆発とかに比べれば、
夜空なんていう遠いところでの爆音なんて雷みたいなもんだなんて、
とんでもないものを引き合いに出す敦も敦なら、
「確かに。」
手づから爆弾をあちこちに撒いては怒りの狼煙を上げていた指名手配犯の誰か様も、
戦場の凶器であろう炸裂に比すれば、
芸術優先の美々しき火花の躍動なぞ可憐なばかりで恐ろしくはないなと、
すんなり納得しているから…こんの割れ鍋に綴じ蓋コンビめが。
芥川くんの方は、中也さんに情緒面でのあれやこれやを補填されたはずなんですがねぇ。(う〜ん)
「…やめとくれよっ。」
そんなこんなと他愛のないこと(?)語らいつつ、
一旦みなとか元町あたりへ出ようかと駅を目指して歩みを運んで居た二人の耳へ、
ちょっぴり切羽詰ったような声が届いた。
不穏な響きに感覚が鋭敏になったまま、その視線を左右させた先、
煤けたブロック塀が長々と続く半ばほどに
背を付けたままずるずるとしゃがみ込んだのだろう経緯が判る
いかにもな追い詰められ方をした小柄なご婦人が見える。
やや高齢の存在へ非礼にもほどがあろう無体を仕掛けたらしい、
そちらもいかにもゴロツキ風の3人ほどが、
にやにやと薄っぺらいが性分の悪そうな笑みを貼りつけて見下ろしており。
それだけじゃあない、
異様に頑丈そうな手綱を付けた大きな犬を曳いている。
闘犬なんぞで連勝してそうな土佐犬とかいう犬種のそれで、
飼い主も彼らなのかは知らないが、
連れられた大人たちの指示なのか低く唸ってすぐ眼前の老女を威嚇している様は
犬嫌いでなくたっておっかない所業に違いなく。
「何てことを…っ。」
制止に行こうと飛び出しかかる敦の腕を不意に留めた手があって。
え?と見やれば芥川が微妙な顔をする。
「…そっか、犬は苦手だったよね。」
「そうではない。」
そういや太宰さんも鏡花ちゃんも苦手だったと思い出しつつ、
ふふと小さく笑んだ敦は、
「うん・判ってる。もしかして提携結んだ組織の人かもしれないんでしょ?」
それにしたってこんなくだらないことをするような相手へ遠慮をするこたないのじゃあるが、
そういう世界の人というのは何をもって因縁つける材料とするかは未知数もいいところ。
小物の下らぬ遊びでも、面子が絡めば巡り巡って妙なところへ遺恨の芽が飛び出さぬとも限らない。
なので、余計なお節介はしないに限るのが彼らの不文律なのだろう。
「探偵社のボクがちょっかい出す分には問題ないでしょ?」
顔が差さないよう、そっぽ向いててと言い置いて、
改めて歩みを進めた敦は特に気を張りもせず、
「わあ、可愛いワンちゃんですねぇ。」
そんなお声を掛けて、彼らの立つすぐ間際へまで進み出る。
当然、何だこいつという顔が向けられるが、
“慣れって怖いなぁ。”
アロハや極彩色のTシャツをよれんと着付け、
剛毛そうな短く刈った髪へ、
どんな整髪料を使っているのだかつんと匂わせ。
目つき鋭く、いかにも揮発性の高そうな表情を尖らせて、
ひょこりと現れた自分へ“ああん?”と凄んでいる手合いだというに。
真っ黒な遮光眼鏡で表情も判らぬ黒服らの構える機関銃が
一斉に火を噴くような文字通りの修羅場を幾つも掻い潜ったせいだろう、
この程度の威嚇はあまり堪えぬ身になっている自分が恐ろしい。
勿論、一般の人が同坐しておれば、
その人たちの安全を考えて平身低頭に徹したかもしれないが、
今はそんな対象も一人きりだとあって、
その身を老女と大柄な犬との間に割り込ませ、白々しいほど朗らかに、
「いい毛並みですよね、二年児くらいかな?」
そうと言うとお手なんて声を掛けるところが、男らをますますと辟易させたが、
自分の膝に手をつき、身をかがめて土佐犬と向かい合う少年のお顔が
俯いたことでよく見えないのが彼らには不幸だったかもしれぬ。
可愛いなぁ、お手した、イイ子だねぇと屈託なく話し続ける敦だが、
強いて言うなら同僚の太宰がかつてよく見せていただろう、目が笑っていない笑顔に近いそれ。
声と裏腹、その視線はなかなかに剛直で、
唸っていたはずの大型犬がそういえばその唸り声を出さなくなっており、
「じゃあこれは出来るのかな?」
怪訝そうな男どもを尻目に、うふふーと楽し気に笑ってから
打って変わって鋭いお声で一喝したのが、
「絶対服従のポーズっ」
なかなかに不穏当な一言で、しかもそれを聞いたらしい大きな犬が、
何とも意外にその身を揺らしつつてきぱきと動かずと、
ゴロンとアスファルトの上へ横倒しにし、
腹を見せての前脚は胸の上、降伏しましたという格好になって見せる。
「ちょ…っ。」
「手んめぇ、なに勝手に遊んでやがるっ。」
素人目に見たってこれは服従の構えに違いなく、
自分たちの連れにそんな屈辱的なポーズをさせるなんてと、
そこはさすがにテッペン来たらしかったものの。
こやつと手が伸びた先、大人しくシャツの襟元を掴ませた敦くん、
「聞いてなかったの? この子への命令。」
へにゃりと柔らかく笑ってから、
それへ“へっ?”とゴロツキどもが意表を突かれたその間合いを見事に縫って、
再び鋭く一喝したのは、
「このお兄さんたちをご町内から追い出しなさい。
それが済んだらお家へ真っ直ぐ帰っていいから。」
向かい合うチンピラどもをびしぃッと指差しつつの鋭いお言葉。
何だ何だ、誰にもの言ってんだこの小僧、
気でも触れたかと怪訝そうに眉を寄せたのは、直接襟をつかんだ手合いのみ。
「お、おい。」
「ベニマルの様子が…。」
引きつるような顔をし、じりじりと後ずさるお仲間に
何だ何だと口許歪めたままで向き直ったものの、
そんな自身の下ろしていた側の手へ、何かぬめッとしたものが触れ、
ガブリという牙の感触が…。
「ぎぃやぁあああぁああ……っ。」
落ち着いておれば甘噛みだと判ったろうに、
これまでにさんざん人を脅す道具にしてきたためか、
それとも…鼻の頭にしっかとしわを寄せて唸っている、
ベニマルとやらの恐ろしい形相が間近だったからか。
そ奴がリーダー格だったらしいアロハ姿のリーゼント男、
とんでもない悲鳴を上げたのへ
あとの二人の飛び上がり、あわわと駆けだす情の無さ。
そのまま駆け出した彼らに肩をすくめ、大丈夫でしたかと庇ったおばあさんを振り返れば、
「あんたそんなかわいいお顔で凄かったねぇ。」
腰が抜けたか座り込んだままだった半白頭のおばあさん、
びっくりだよと目を丸くして、
自分を助けてくれた七分パンツに半袖シャツという軽快ないでたちの騎士殿へ
しみじみと感慨深そうな声を出したのだった。
to be continued. (17.07.29.〜)
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*間が空きすぎて8月に突入、世間様は連休とお盆休みの話題で持ちきりですよ。
うかうかしていると秋になりそう。とほほ。

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